2005創価学会レ
ポート
宗教法人・創価学会 その巨大な組織規模で広く知られている存在。
しかし、その実像は捉えにくい。このことは彼らにとって好都合に作用することがある。社会影響を及ぼすこの
教団の本質というのは、宗教団体、というよりは、政治結社、もしくはその混合体―
創価学会は「勢力」だということ。
創価学会の計画に「総体革命」なるものがある。それは―政治・経済・司法・外交・警察・文化・教育・マスコミなどあらゆる分野に息の
かかった人材(=創価学会員)を浸透させて国家機能中枢に接近、機を見て一夜にして国家革命を成し、池田大作を「国父(日本支配者)」
に据える「創価王国」を建設する、というもの―夢想じみていても、この計画は実行に移されて久しく着実にその人的浸透を深めている。
1996年5月創価学会本部幹部会で池田大作は「その日」を「2005年5月3日」(5月3日は同氏会長就任記念日)に設定している。
*本文は、引用含め下記参考文献に基づき、自己の考察を加えたもの。また数字・データは、必ずしも最新のものではないものが含まれる。
池田大作・創価学会名誉会長(ならびに創価学会インタナショナル会長)。
国内最大規模の宗教団体・創価学会(公称821万世帯、実際は、推定240万世帯前後=約1/19世帯)の頂点に君臨する「師」
であり、ときに創価学会員たちを心酔させる最高指導者(創価学会は実質「池田教」)。
ならびに今日の「裏・総理大臣」として国家権力裏面に上座している人物。
創価学会の政治関与
公明党。この政党は池田大作が創立者でありそのまま
「創価学会」(約99%の議員は創価学会員、残り約1%は学会共鳴者、
およそ全部の党員は指名された学会員)。
この中小政党の議会における「不可避性」というのは彼らがそのキャスティング・ボート(賛否における少数派の議決権)を握っている点、
これが現在の創価学会(公明党)の政治介在の在り方となっている。
一般にあまり知られていないが00年4月森喜朗後継総裁擁立(密室での)5者会談、その決定を池田大作に打診、
彼の了承を得ている。このような「池田大作 申し合わせ」は現在も政策事項含めあらゆる局面で行われている、
と考えられる。だとしても、それは今日の「与党間協議のひとつの形」でしかない。
池田大作・創価学会が極致的に目標としているのは彼を「国父」に据える日本支配。周囲に対して極めて警戒的であるとする彼の人物像から
してこれ以外の方角はとれないと推測。
創価学会が有するもの、宗教の為せる業で、つまりは「金」「票」「人員」。
常に合法・非合法を見定めたような行動をとる、同時に「失敗」に対しては極めて
慎重で、例えば、カルト教団・オウム真理教、のような「暴走」はやらかさない。
目的を遂げるためにはときに多年を費やす(最後の選択肢
として武装蜂起の用意はある、という指摘はある)。
<歴史>1930年、日蓮正宗(法華経・日蓮宗派)に入信した教育者・牧口常三郎が戸田城外(後に、城聖)とともに初等教育の
研究団体として「創価教育学会」を設立、1937年日蓮正宗の信徒団体(講中)として正式に旗揚げ。しかし戦時体制下の宗教統制で同氏ら含む
幹部21名が、治安維持法違反、不敬罪で逮捕、投獄され、
牧口(初代会長)は獄中で死去(1944年)。1945年7月、敗戦直後に出所した戸田は、翌46年3月「創価学会」を発足、1951年5月3日第二代会長に就任
する。戸田の「折伏大行進」の布教活動のもと、当時の低所得階層の入信を基盤に(いわゆる「反共の砦」として)、会員世帯数は1年目(1951年)
にして約5千7百世帯、戸田が死去する58年にはおよそ百万世帯に達し、創価学会は急速な発展を遂げる。
1958年4月病に倒れた戸田が死去、約2年の空白の後、1960年5月3日池田大作が第三代会長に就任する。
総額「約10兆円」の資産
それは定期・不定期にまたがる創価学会員からの「浄財」を基礎にする、
これを同会では「財務」と称する。その収入毎年平均2000億円前後と推定。この額は年間最高収益を誇る国内企業のそれと拮抗。
このような「財務」が創価学会員たちにある「惨劇」をもたらしていることは想像に難くない。
かつては「金のかからない宗教」として定評だった創価学会が、壮絶な集金教団、に変化するのは池田大作会長就任以降のこと。
1965年(同氏会長就任5年後)日蓮正宗(創価学会の宗門、現在は絶縁関係)・総本山大石寺(静岡県富士宮市)に「正本堂」を建立する名目で
御供養金を募ったところ、当初見込み(30億円程度)をはるかに上回る約355億円をわずか数日間で集める(実際の総額は約460億円だった)。
これが契機となって徐々に納金額をつり上げ、それは後に、上限ない額、へと変化する。
創価学会の場合このような献金行為は、信仰行為としての意味合いをもち、組織を揚げて大々的に行われる。
時期(「通常財務」=12月)が来ると集金要員(=「広宣部員」現在はほぼ全学会員に相当)を配して、個人指導、家庭指導を展開、
各地域ごとに目標値(ノルマ)を設定して、中間幹部らが会合などで煽る(「煽動」は創価学会の特徴のひとつ)。「出せば出すほど功徳、
そうでない者は、信心が足りず罰を受ける」―。
「預貯金全て(財務に)出すのは、当たり前、さらにどれだけ上乗せできるかが勝負。私は2度全財産を財務に出し、次で功徳が得られる」
「1万円持つ者が1万円出せば、功徳。3万円持つ者が1万円だと罰を受けます」
私財を投げ打ち、さらには、借金をあてる者が続出する。
実はこの「財務」は銀行振込方式。学会員にはその続柄問わず(つまり、乳幼児含め)「整理番号付き・振込用紙」が配布され、
それら「納金状況」は学会本部によって一元管理される。加えて元々創価学会は「詳細な個人情報ファイル」を作成している―
氏名、生年月日、現住所、本籍、学歴、趣味、嗜好、信心度、座談会参加の有無、家族の理解の有無、思想傾向、性格傾向など記載―
これを「統監」と呼び地域単位で二ヶ月に一度変更事項などの確認を行う。
このような「個人管理」は後述する「選挙活動」においても有用性を発揮する―さらにはその「(選挙)熱心度」も記載していく。
9兆円(推定)の不動産資産 東京都新宿区「信濃町」(創価学会に占拠された町)
創価学会本部、「八王子」に広がる創価大学キャンパス、全国千数百の会館施設郡(ちなみにJR東日本約6兆7千億、
トヨタ自動車約8兆7千億(国内))。
これに関して全国13カ所(04年時点、参考)の「墓苑事業」について。
創価学会は計約433万基を有する墓苑を保有・経営する。いずれも財務収入からの出資ならば墓の購入者も学会員にあたる。
1基100万円から200万円程(高額)で販売し、全墓苑からの収益は「数千億円」。「宗教法人法に基づく宗教活動の一環」で法人税に
軽減税率が適用、固定資産税を納める必要なし(新興宗教団体などはしばしばこの制度に着目するが、創価学会は、その草分け、といえる)。
山林を切り崩し、地元経済に何ら貢献することもなく「巨大墓苑」は年々増加。学会員たちは「ひとりで幾つもの墓」
を抱えるに至る―「墓はたくさんあった(持った)方が偉い」(池田大作)。
また幾つかの「学会出版物」類からの収益。例えば聖教新聞(学会機関紙)の発行部数約550万部(年間収益、数十億円から100億円)、
これを「ほぼ、キープ」する。その購買者は、殆ど学会員。その他単行本、月刊誌等についても「信心」を量りに掛けられて「ひとりで幾つもの
(同じ)出版物」を抱える―創価学会において「信心の後退」は、原罪、に等しいという―聖教新聞を「百部」とる者も中にはいる。
創価学会は「相互扶助の団体」と言われる反面「逃れること(後退)のできない組織」でもある。
ちなみに池田の好物は「特上マグロ」であるらしい。
金融市場における創価学会
巨額資金を有する創価学会は「銀行」にとって大口預金者、つまり最優良取引先となる。
大手都市銀行における預金残高総額は推定「1兆円」(申告所得最上位「トヨタ自動車」約8000億円)。平均500億円から1000億円程度
を都銀各行に配分しているが「その大半」を引き受けるのが「東京三菱銀行」、同行が創価学会の「メインバンク」に相当する。
また、その豊富な純資金は株式や債券、その他さまざまな金融商品に変えられ「確実な利益を求めて、とりわけ短期金融市場を、すばやく動く」
(参考より)―その投機総額は、推定2000億円から5000億円程、とされる。各金融仲介機関らが「学会マネー」の獲得を競う
(学会が競わせる)のだが、ここでも主力となるのは「東京三菱(銀行・信託銀行)」。創価学会の資金運用・指南役を努める。
この「三菱(グループ)」は金融取引に限らず、創価学会の土地開発・建設関連、その他さまざまな商取引上に浮上、一方で学会系出版物
『潮』などには銀行ら金融機関の「広告」が頻出する。
注目すべきは、このような「創価学会と大銀行」の取引(蜜月)関係が経済(金融)市場を通じてさまざまな社会影響をもたらしている、ということ。
<組織機構>中央本部(東京都新宿区信濃町)を拠点に下部から「1世帯」を単位に、「ブロック(10世帯程度)」―「地区(約5ブロック)」―「支部(
約5地区)」―「本部(約5支部)」―「県(東京は「区」)」―「方面(北海道から九州、計11圏)」。この各段階ごと「壮年部」「婦人部」「青年部(
男子部・女子部・学生部など)」等、年代別に組織化、さらに「文化本部(教育部・芸術部など)」「社会本部(社会部・農村部など)」等、職業・職能別の
部門がある。
中央本部の専従職員約3000人(うち地方派遣組約1700人)、給与を取り、関連企業・団体含めると約5000人にのぼる。
また、無数の任意の交流グループ(「○○会」「○○グループ」など)が縦横無尽に作られる。
池田大作と「情報」
戸田城聖・創価学会において池田は「(青年部)参謀室長」ならびに「(初代)渉外部長」に任命されている。それは内外の情報を吸い上げ
戸田城聖に報告を入れるポスト―これら「情報部・最高責任者」の地位に付いたことが、後に彼を第三代会長へ押し上げる力となる。したがって池田は
とりわけ「情報」には強い関心をもち、現在も毎日寄せられるおびただしい報告書には必ず目を通し自ら決裁をしていくという。
創価学会の組織機構は「信濃町・中央本部」を頂点に「縦の区分」と「横の区分」が折り重なり合うような極めて強固な構造を成している。
そこに「幾つものルート」が形成される。よって、あらゆる内部事情が「第一庶務」なる部門(ちなみにここは「池田のお手付き女性の集い」でもある)
を通じて、池田大作ひとりに吸い上げられていく。「婦人部」(既婚の女性部門)などは常々内部の情報源の役割を果たしその夫・幹部らは
身元事情に関することを突然、池田に指摘されて震え上がるという―家族の成員たちはそれぞれの所属で家庭内情報を流失させていく、
よって身内においても池田や学会の批判や不満は容易には口にできない。
しかしこのことは「学会外世界」において同様といえる。つまり創価学会員たちはその職場、職業、世代、出身地、趣味、目的など様々な「共通の
枠組み」において無数の交流グループを作っては消滅を繰り返すのだが、これにはもうひとつ重要な側面がある。それは、広く一般社会に生きる彼らが
何より池田大作の「弟子」であるということ。
創価学会は「謀略」を実行する、深遠かつ徹底的に。
要するにあらゆる種類の「工作」や「いやがらせ」だが、「秘密謀略活動」は「広宣部(97年新設「教宣部」含む)」が所管、全国およそ1〜2万人の創価学会員
たちがそのようなチームを編成しては任務終了時点でしばしば解散する(盗聴、見張り、尾行など部分的関与に止まり何が進行しているか自身は把握してい
ないケースも多い)。
謀略対象は組織、個人を問わない(ひいては「日本そのもの」という見方ができる)。対立関係にある日蓮正宗僧侶、脱会者、批判的な市民・ジャーナリスト、
敵対と見做す勢力、の全部である。
事例の具体的な記述は(煩雑、なので)割愛する(市販されている書籍等を参照してほしい)。
しかし要するに次のようなものになる―
盗聴、盗撮、尾行、監視、覗き、匿名脅迫、暴力、中傷、無言電話、連続深夜訪問、住居不法侵入、買収懐柔、潜入工作、
中傷ビラ散布、怪文書送付、プライバシー翻弄・蹂躙、罵倒、悪罵、嘲笑、無視、とぼけ、器物破損、汚物留置、交通事故企図、
集団威嚇、集団暴力。
「創価学会・性善説(「創価の正義」)」を唱導しこれら行為を奨励するのは他ならぬ池田大作、学会員は「胸を張って」遂行する。
また、このような陰湿な独善体質は過激な財務徴収と相まって創価学会員たちの、倫理喪失の温床、となっている。
多発して止まない創価学会員たちの凶悪犯罪(事例は、割愛)。まさに頻発していて現場警察など関係者の間ではすでに常識になっているという。
しかし「もみ消し」が常態化され彼らのものであることなど、それと表沙汰にはなりにくい。
創価学会はまず警察に深く食い込んでいる。「学会員・警察官」は相当数にのぼる(正確な数字は不明。警視庁約4万人中・約4千人)。
また、かつて創価学会は人材育成機関(「法学委員会」など)を設置し、選出した者たちに司法試験、国家公務員試験、外交官試験など合格に向けた
訓練を信仰面と合わせて施し、やがて彼らを各機関へと送り込んでいく。「警察」同様その比重を置くのが、法曹界、つまり判事、検事、弁護士、など。
これは「総体革命」のこと。主要官庁・主要業界に学会員を浸透させる計画。
ここから導かれる結論は、2つ、ある。
ひとつは、国内(外)あらゆる機関が創価学会と手を携えている状態であり、この教団を実質排除できない、またこの教団なくして機能しない、
ということ。
もうひとつは、このような人的浸透が「創価学会ネットワーク」を張り巡らせ、それは少なくとも「情報網」として機能するだろう、ということ。
池田大作・創価学会に「機密から、どうでもいい事まで」が流用される事態に至れば、この国の水面下
で何が引き起こされているのかは想像に難くない。
<政治進出>1955年4月戸田城聖・創価学会は統一地方選挙で候補者を立てて東京を中心に52名を地方議会へ送る。翌56年7月参院選で3名
を当選させて国会進出を果たし広く社会に衝撃を与えた。1961年第三代会長に就任した池田大作は「文化部(後に、文化局政治部)」を
外郭団体「公明政治連盟」に格上げ、64年5月これを政党化して「公明党」を結成。創価学会は「政治色のない分野(参院、地方議会)に限り議員
を送り、衆議院には出ない」の宣言を反故(ほご)にし、67年1月結党後最初の衆院選で25名、69年12月総選挙で47名を当選させ第3党に
躍進する。
その後、「社公民三党協力」、非自民・反共産で細川連立政権に参画、新進党参加と公明による「分党方式」、など幾つかの遍歴の後、1999年10月
自自公連立合意で政権入り。自公連立政権で衆院31名、参院24人名、合計55名(2005年末現在)。
創価学会員たちにとって池田大作は、信仰上の指導者、事実あらゆる采配がこの人物ひとりに委ねられる。
「聖教新聞」紙面には連日のように彼の、表彰、勲章、名誉称号等の授与・礼賛記事が踊る。
また、海外要人との面会、対談の類も幾多を数えるが、当然このような設定には、
「それがしの根回し」が存在する。彼の外遊は創価学会員たちには「広宣流布の先導(者)」に写るのだろうが、そこには財務収入からの
おびただしい資金が投入(豪奢な会館施設の林立など、創価学会には「ある独特な循環作用」が働く)。
このことに関しては「学会員・外務官僚(=「大鳳会」)の便宜供与」が存在し、池田はその外遊先でさまざまな「VIP待遇」を受ける。
池田大作は「世界桂冠詩人」など幾つかの、肩書き、をもつが、とくにその海外出張(外遊)先で通常使用するのが「大学創立者」、
また近年全面的にその使用頻度が高いのが「SGI会長」である。
池田崇拝教育「学校法人」
彼(池田)は、「学校法人・創価学園」(1968年、小・中・高校)を皮切りに海外含め各地に「学校」を設立・開校している。
とくに、八王子、は「聖なる場所」とされ「創価大学・創価女子短期大学」の広大なキャンパスが一帯に広がる(趣向を凝らした内部施設郡を
合わせると、資産総額約800億円)。
しかしこれら学校の理事会・役員はほぼ学会員で占められ、教員の人事権も事実上、創立者・池田大作にあるという。
また、その95%が学会員の子弟であるとする創価学園では日常的に「池田崇拝教育」が行われ「池田先生の御来校」を生徒一致で待ちわびる。
これら学校法人は「学会・人材養成機関」の役割を併せて果たし、後に彼らは「池田大作に忠誠する者」として世に輩出されていく。
<宗教的概要>1937年(初代会長・牧口)以来、法華経・日蓮宗の門流「日蓮正宗」の信徒団体。日蓮(1222〜82)は、法華経に立つ政治の実現
や、救済はこの世で受けられるべき、とする「現世利益」を説いた僧侶。日蓮正宗は日蓮の高弟・日興(1246〜1333)を第二祖とし、教義特徴は「日蓮本仏
論(日蓮を本仏とすること)」「板曼荼羅本尊(崇拝対象。大石寺に安置、日蓮が墨書きしたとされる板製の曼荼羅)」「血脈相承(法主とその僧侶による
継承)」など。しかし1991年11月創価学会はその宗門・日蓮正宗から破門、宗教団体としての存立基盤を事実上失っている。
創価学会は、「日蓮」を本仏とする日蓮正宗の信徒団体。当然その教義ならびに本尊(崇拝対象、板曼荼羅)は
同門派と同一のもの。しかし、1991年その宗門から破門、現在両者は絶縁・対立関係にある。それでも創価学会の、宗教法人法に
基づく「構成要件」(=日蓮正宗の信徒団体)は過去のまま、という複雑な状態にある。
かつて日蓮教義を「俗化」して自己の解釈を加え「国家権力奪取」を構想したのは、第二代会長・戸田城聖。
彼が政界進出を図る折に掲げたのが「広宣流布(こうせんるふ)」「王仏冥合(おおぶつみょうごう)」「国立戒壇の建立」など。
日蓮正宗に伝わるこれら本来の要約は「その仏法(日蓮の教え)を国中に行き渡らせ、国王がこれ(仏法)を、国の根本と定めた時、
景勝の地・富士山麓に戒壇を建立する」である。あくまで宗教上の指針であり、自ら権力を奪取していく、こととは異なるのだが、
戸田城聖は生前その戦術を練っている。
つまり、創価学会は元々「天下盗り」を志向して発足している(宗教)団体、ということ。
その姿勢は池田大作によってさらに強まり、その教義はいっそう歪曲していく。
1970年「出版妨害事件」(下記参照)が政治問題化し、池田大作は猛省を表明、公明党との「政教分離」、「国立戒壇論(日蓮正宗の国教化)」
否定、を宣言。
日蓮教義が政治上の弊害、利用化しにくくなる中、創価学会員たちの中にはその信仰基盤を「日蓮正宗」に置く者も多く、1977年池田は、
教義もろともの「宗門乗っ取り」を企てるが、失敗。宗門(細井日達法主)から「破門か、会長辞任か」を迫られ、第三代会長を辞任、「名誉会長」
へ退く格好をとる。
しかしその萌芽は消えず自ら(=池田)の権力基盤が固まってくると表向きの親睦関係の裏で「反・日蓮正宗、発言」が顕著化。
それを察知した宗門(阿部日顕法主)側が、1991年11月破門を通告する。
「SGI(創価学会インタナショナル)」 これは上記のような背景から浮上した組織。
1974年海外での布教活動を統括する外郭団体「財団法人・日蓮正宗国際センター」を発展させたもの。
「政教分離宣言」の後、池田は「世界・広宣流布」を掲げて現在(あくまで同会の公称だが)「海外156カ国、約140万人の学会員」を擁するという。
しかし「SGI」は、任意団体、というだけで、組織機構上は創価学会幹部らが兼任する、実態としては「看板組織」に過ぎない。
結論としてこの組織(=SGI)は池田大作が宗門・日蓮正宗を超える存在を目指したもの、あるいは「池田教団」への独立の試み、とも考えられるがつまりは
、その両方を見据えたもの、といえる。
しかしその海外布教(世界・広宣流布)先であり、比較的学会員も多いとされる欧州、フランス国民議会(外院)では、
「創価学会は、カルト(セクト)」との認定がなされ、警戒すべき対象、とされている。
<言論弾圧・出版妨害事件>1969年から1970年にかけて、藤原弘達氏(明治大学教授・政治評論家、当時)『創価学会を斬る』等、「学会批判本」
の出版を創価学会が事前に察知し、公明党主要議員(竹入、矢野ら)が、田中角栄(自民党幹事長、当時)に根回しするなどして、出版の差し止め
圧力をかけた事件。
共産党機関紙『赤旗』が、この田中・藤原会談(藤原氏は要請を拒否)を報じることで国会でも追及が始まり、政治問題化する。
以降、マスコミ報道等で「池田大作・創価学会バッシング」が開始し、「政教(公明党・創価学会)分離」を宣言するなど、その後の同会の
さまざまな方向転換の契機になる。
藤原氏らに対する脅迫や嫌がらせが連日続き、それは出版社や取次店にも及ぶ。創価学会による、批判にたいする妨害行為、は現在も
継続・再開されている。
言論・メディア対策
創価学会は戸田城聖の頃から「言論対策」を打ち出しているが、とくに彼(=池田)はこの分野を攻略することに飽くことなく、
自製メディアなどで「イメージ・アップ」を図り、批判、不都合な言論には執拗に圧力をかける。
なにしろ公明党が与党参画する折(1999年)その条件として提唱したものが、つまりは、言論対策制度郡。
その中核「個人情報保護法」もその本旨と「言論による侵害」という概念が錯綜した産物(言論・メディア規制法案)となってしまう。
これが「池田大作保護法」と皮肉られるのは根拠のないことではない。
テレビ・ラジオ局に、系列企業・団体をスポンサーに付け地方局中心に番組枠の買収、中央(キー局)にも「直接・間接」
の広告出稿を行う。例えば「銀行筋」に強い発言力をもつ創価学会
(池田大作)は企業スポンサー(当然、金融機関含む)にその影響を及ぼす。
新聞社(その系列会社)には学会機関紙誌の印刷を委託、
また学会発行物の広告出稿を多量に行う。
こうした「資金の流れ」をつくることで全国各地、津々浦々までの新聞、テレビ、ラジオ各社に対する「経済的な締め上げ」を行い、
加えて学会員を動員した不買運動、中傷活動、投書・電話・直接訪問による抗議活動、さらに大企業など広告主に「怪文書」
を送付しマスコミ媒体に対する不信感を植え付けたりする努力も惜しまない。批判的な論調の報道機関には矢継早の裁判訴訟はじめ、
さらに陰湿、物騒な行動にも及ぶ。
また創価学会は、かねてよりマスコミ分野にその人的投入の力を入れていて、現在は要職の地位に
ある「学会員社員(職員)」も多数いる、という。彼らが「パイプ役」を果たし事実上乗っ取り。
またマスコミ人に日常的につきまとい執拗かつ過激ないやがらせに及ぶ。
さらに彼らは「政治上の権力を行使」して「メディア対策」にアプローチする。
1999年7月24日公明党臨時党大会で神崎武法代表は突如、マスコミ批判を展開する。「プライバシー基本法、包括的な個人情報保護法
の制定を急ぎ、『報道の自由』に名を借りた目に余るマスコミの誤報・人権侵害の訴えを聴き救済する『マスコミ報道被害救済制度(後に「人権擁護法案」
=多角的法律包囲網)』の創設、ならびに名誉侵害に対する回復措置については、懲罰的損害賠償制度の創設を検討します」
同年10月4日付け「自自公三党連立政権合意書」には「これら諸制度を整備する」なる項が挿入される。
ここで指摘するのは「創価学会・メディア対策」が、彼らにとってだけ願望されるものとは限らないということ。
93年の野党落ちに続き98年7月参院選で惨敗―彼ら自民党は怒りの矛先を新聞、テレビ、
通信社に向け(本当の敗因は、橋本内閣の経済失策)、以降、報道に関する検討委員会、の類を矢継早に設置。
(「週刊文春」出版差し止め(04年3月)といった「怪事件」も起こる)。
日本国憲法において「政教分離の原則」を規定するのは、第20条、および第89条。
「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」(20条1項後段)
「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」(20条3項)
「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、(中略)これを支出し、又は、
その利用に供してはならない」(89条)
「でたらめな体質」。例えば公明党における、言行不一致、は端的にそのことを物語る。
「衆議院には、出ない」→出る。
「自民党とは、組まない」→組む。
彼らの場合これは「常習」、その発言に耳を傾ける価値があるのかどうかすら疑問に思われる。
浜四津敏子(現代表代行)においては「政治家の発言」のうちに入らず、神崎武法(現代表)の口癖は「言ってきている」なのだが、
後に行為を以って頻繁にこれを撤回する。
自・公(自民党・公明党)関係
現在(05年末)「国政レベル」で巨大与党化しているが、これは「地方自治レベル」で同様のこと。全国各地でこの2党系列議員
が連携し「利権あさり」に余念がない。当然「創価学会・優遇策」も図られてときに深刻な住民被害を及ぼす(主に学会施設が
住民公共施設の建設計画を反故にしたり、巨大な墓苑が周辺環境の破壊を促進する)。
この2党(自・公)の政治的結合は歴史的にある繋がりを見て取れる、さりとてそれが今日において必須なこととして
前提となっている主な理由は取りも直さず「議会」と「選挙」。
自民党―この「古き良き保守政党」についてはよくよく注視しなければならないが、その片側「選挙(協力)」について。
創価学会の選挙
これが同会では「布教を伴う宗教活動」の中心に位置付けられる。創価学会員たち(とくに熱心な活動家ら)は年中休む暇もなく
「選挙」に明け暮れる。
まず学会会館施設で号令が掛けられて「公明党・選挙運動」が開始する(このような徴収を伴わない政党の宗教施設利用は、憲法違反
に相当)。
学会員たちは自らの票に止まらず「どれだけ上乗せできるか」、つまり「フレンド票(=「F」)取り」(学会呼称)に奔走する。
まさに公選法違反含む「過激戦」が展開する―
戸別訪問勧誘、物品供与依頼、付き添い投票、(郵便受けから投票券を盗む)替え玉投票、集団移動(住民票移動)投票、
対立候補の選挙事務所襲撃ならびに中傷行為、老人・病人強制連行投票。
創価学会の基礎票は推定約200万前後(活動家=「K」の数)。これに、取引先企業への協力要請など含め、「票の獲得活動」が、
およそ400万から500万票の上乗せを可能にしている。公明党の得票数は、増加の一途を辿る、―1968年参院選全国区約
466万票、98年参院選比例区約755万票、03年衆院選比例代表約873万票、そして05年9月衆院選比例代表約892万票
―学会員に向けて「勝利」(聖教新聞「寸鉄」)を鼓舞する池田大作の目標は、今日「1千万(票)」である。
「比例は、公明党へ」 全国各地で呼び掛ける自民党候補たち―。その見返りとなるのが創価学会票。
これまで「学会票」の支援を受けて当選を果たした自民党候補は「あまた」いるわけだが、例えばつい先頃の05年10月参院神奈川補選、
川口順子元外相の「圧勝」も、その典型例のひとつ(=公明党支持層91%の投票)。
もはや「大半の自民党候補(議員)」は学会票の支援を受ける(例として、00年6月総選挙、小選挙区で当選した66%にあたる
118名の自民党候補が創価学会(票)の支援を受けている―参考からの引用)。
政権党・自民党。1993年解散総選挙で過半数割れ、翌月(8月)細川非自民連立政権の発足で38年間の一党支配に幕。
約10ヵ月の「野党暮らし」。この間、茫然自失状態、に陥ったという(「永田町世界」では官僚たちの対応、態度の豹変など
そのくらい与・野党の違いがあるという)。その後社会党との提携「自・社・さ政権」(94年6月発足)、さらに「議員の一本釣り」
などで単独過半数へ体力回復するや、社民・さきがけ、の吐き出し。その後も殆ど選挙空洞化の「組み替え連立」を行う。
この政党にとって「政権与党」であることは「アイデンティティー」、いつしかそれ自体が「目的化」したといえる。
『もし自由民主党が過半数の議席を失うというようなことになった場合、公明党に手をさしのべてこれとの連立によって圧倒的多数
の政権を構成するならば、そのときは、日本の保守独裁体制が明らかにファシズムへのワンステップを踏み出すときではないかと
思う』
「出版妨害事件」の契機となった、故・藤原弘達氏の『創価学会を斬る』(1969年、日新報道、自身は未読)からの一文。
30年の時を経て、事態はまさしくこの方向へと進む。
高度経済成長期、創価学会は、大企業系労働組合に属することもない未組織の低所得労働層を吸収することで「反共の砦」として
急速な発展を遂げる。
このようないきさつが末端学会員たちに、ある相互扶助精神、「創価家族」なる連帯意識をもたらす(しかし、それは「自他を分け隔てる
意識」でもある。あるいは、集団陶酔)。
しかしこの宗教団体における組織の拡大は、政治勢力としての拡大でもある。
すでにして「天下盗り」を構想していた戸田城聖、「宗教は手段」と捉えて恥じない池田大作、という指導者の下、創価学会は「創価家族」
とは、別の顔、を持っている。
比較的国民の目に晒されることが少ない、また、同会の政治進出の足掛かりとなった「地方議会」は現在に至るまで、変わらず、
その比重が置かれている(公明党地方議員、全国約3千数百人)。とくに「東京都議会」は1965年、自民・社会の2大勢力下で、
第3党に躍り出ているが、この構図は今も変わらない―つまり現在、自民48議席、民主35議席、公明23議席、共産13議席(05年
7月東京都議選、定数127議席、公明党全員当選)。
そして、国会―自・自(1999年1月)→自・自・公(99年10月)→自・公・保(00年4月)→「新」自・公・保(02年12月)→自・公(
2003年11月、現在も同じ)。
実は創価学会において「公明党・政権党との連立(による政治権力奪取)構想」は、「公明党・単独政権(自主作成閣僚名簿「総理大臣・池田大作」)
構想」を変更する形で1980年前後すでに完成している。以降彼らは「他党(とくに自民党)に対していかに自らを高く売りつけるか」という
姿勢に一貫していく。かくして彼らの「変節政治」は常習される(「口八丁・手八丁」(池田大作))。
例えばPKO(国連平和維持活動)協力法案(92年6月成立、その後PKF業務への参加凍結の解除など徐々に改正)の
各党協議が難行する中、要求、審議拒否、反対を主張した挙句、採択直前で突然賛成に回る、などしている。しかし
彼らのこのような態度は「PKO協力法」に限ったことでは全くない。
政治勢力としての(集票力や議席数)創価学会・公明党は自民党(とくに、田中―竹下派)にとって無視はできない存在で在り続ける。
自民党が窮境に立たされると創価学会・公明党が(政策面でも)手を差し伸べるなどこの2党の癒着的協力関係は歴史的にある地下水脈を
形成。
しかしその間「反自民・反安保」宣言(のち、撤回)、共産党との協約「創共協定」(1974年。向こう10年間の「相互不干渉、共存」)、
「社公民(社会、民社)共闘路線」等たえず「旋回」を繰り返しながら、その(学会)票は自民党有力派閥の方へ流されていたという。
参議院で過半数を確保できなくなった自民党は、自由党、を挟んでついに、公明党、を引き寄せる。
公明党・首脳らはその直前まで「自民党との提携はない。公明党は野党として筋を通す」なる発言を連発。しかし彼らにとって
最大の関心の対象はかねてから「政権党である自民党」。
また当初はその存在を軽視していた自民党議員も「一票一票を目の前で抹消される踏み絵」に掛けられ現在公明党は「自民党・
最有力派閥の亜流」と呼ばれる程の存在。
この教団(池田大作)は「2つの政治組織」を使い分ける。つまり公明党が表向きどのような言動をとっていても、実際に政治を行うのは、
創価学会(池田大作)である(例えば、他党主要議員は何らかの用件がある場合、「創価学会・首脳ら」と面会する)。
もちろんある宗教団体が特定の政党を支持することには何ら問題はない。しかし彼らはそのもう片腕を「議会」へ伸長させてこれを包囲
する―むしろ比類なき政治傾斜団体といって過言ではない。
重要なことは今日、自民党(小泉内閣)は、公明党(創価学会)を、「歓迎」しているように思えてならない、
ということ。
「創価学会・日本支配計画」は今の自民党以下日本政府にとって、むしろ好都合なもの、と考えられる。
近年、難題法案の成立が相次ぎ、さらには憲法そのものの改変作業が粛々と進行する。
しかし現行日本政治は「憲法違反」に相当する。
三色旗 青は平和、黄は栄光、
赤は勝利、を表す創価学会のシンボル。「信濃町・詣で」に訪れる学会員たちがそこで献金
をすると、引き換えに(小額の)「金券」が手渡される。「3色ステッカーのある店(信濃町商店振興会加盟店)」では、それで
買物ができるという。
数年前、公明党の提案で約7000億円の「地域振興券」(税金支出)が全国に支給された。
幾つかの世論調査上では「必要ない」の類が大多数。
それでも、彼らが失うものは何もない。
自身は些細なことが動機となって書いた者に過ぎないが、創価学会員の方々にたいして、
池田大作・創価学会の呪縛から離れ、脱会を奨めるとももに、それに伴うかもしれない報復に抵抗するためにより
多くの人の理解が必要、という考えで書きました。
「仏は、ほっとけー」 池田大作(92年11月、SGI総会にて)。
主要参考・引用文献
山崎正友「創価学会と『水滸会』記録」(第三書館)
山崎正友「創価学会・公明党の犯罪白書」(第三書館)
原島嵩「誰も書かなかった―池田大作・創価学会の真実」(日新報道)
野田峯雄「池田大作・金脈の研究」(第三書館)
野田峯雄「わが池田大作バッシング」(第三書館)
野田峯雄「『世直し』の真実」(第三書館)
古川利明「システムとしての創価学会=公明党」(第三書館)
古川利明「シンジケートとしての創価学会=公明党」(第三書館)
古川利明「カルトとしての創価学会=池田大作」(第三書館)
乙骨正生「公明党=創価学会の真実U」(かもがわ出版)
山田直樹「創価学会とは何か」(新潮社)
島田裕巳「創価学会」(新潮新書)
白川勝彦「自自公を批判する」(花伝社)
伊藤惇夫「政党崩壊」(新潮新書)
森永卓郎「日本経済『暗黙』の共謀者」(講談社)
朝日新聞アエラ編集部「創価学会解剖」(朝日文庫)
「学会マネー」研究会「創価学会財務部の内幕」(小学館文庫)